東京高等裁判所 昭和54年(行コ)40号 判決 1980年9月30日
控訴人(原告) 紀平悌子 外一名
被控訴人(被告) 春日井秀雄
主文
原判決を取消す。
本件を東京地方裁判所に差戻す。
事実
控訴人ら(原審原告ら)は、「原判決を取消す。被控訴人は東京都に対し、金一、〇一二万四、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人(原審被告)は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、控訴人らが当審において甲第一七、第一八、第一九号証を提出し、被控訴人がその成立を認めると述べたほか、すべて原判決事実第二ないし第六に摘示されたとおり(但し、第四、二、2の三段目、判決書八枚目表一〇行目「会計事務規則」を「予算事務規則」と訂正する。)であるから、その記載を引用する。
理由
控訴人らの本訴請求は、「控訴人らは、被控訴人が東京都議会議長として東京都の公金を違法に支出し、東京都に損害を与えたことを理由とし、地方自治法第二四二条第一項に基づき、東京都監査委員に対して損害補填のための必要な措置を講ずべきことを請求し、同監査委員は控訴人らに監査の結果を通知した。しかし控訴人らはこれに不服であるので、同法第二四二条の二第一項第四号に基づき、東京都に代位して被控訴人に右損害の賠償を求める。」というものである。従つて、本訴が適法であるためには、東京都議会議長が同法第二四二条の規定する、違法な公金の支出をした「普通地方公共団体の職員」に該当すると認められることを要するところ、当裁判所は、本件においては東京都議会議長が右「職員」に該当すると考えるので、以下その理由を説示する。
先ず、控訴人らが違法な公金の支出があつたと主張する昭和四六年一二月から昭和四七年四月までの、東京都議会議会局における交際費等の支出又は使用の手続についての当裁判所の認定は、原判決が説示するところと同一であるから、原判決理由の該当部分(判決書一八丁裏一行目から二〇丁表二行目まで)の記載をここに引用する。又、右引用部分に掲記の甲第五号証ないし第一〇号証及び第一二号証(それぞれ枝番の書証を含む。)によれば、右の期間東京都議会議長であつた被控訴人は、議会局に配布された歳出予算中、控訴人らが主張する交際費、報償費及び特別旅費の支出又は使用について、上記の手続のとおり交際費支出伺、報償費支出伺及び特別旅費支出原議に決裁印を押捺し、又一箇月ごとの交際費の前渡金支払明細書にも、同様決裁印を押捺していることが認められる。そうして、証人木村金之助の証言によると、上記交際費支出伺は、多くの場合月末にまとめて議長決裁を得ていたが、これは本来その都度事前に提出すべきものを省略したに過ぎないものであり、又、特別旅費の旅行命令権者は議長であることが認められる。更に、前記引用部分にある甲第一一号証の一ないし四によれば、昭和四六年一二月八日支出にかかる委託料六五〇万円について、被控訴人から東京都議会議長に宛てた国会対策費としての領収書が作成されており、証人三木定の証言によれば、被控訴人が右金員を受領していることも明らかである。
右に認定した交際費、報償費、特別旅費及び委託料の支出については、地方自治法第二三二条の三の規定に従い、それぞれ支出負担行為が先行したものと推認されるが、東京都会計事務規則第七六条、第八一条の規定と証人大井清一の証言によれば、右各費目の支出は資金前渡の方法によるもので、その資金前渡受者はそれぞれ庶務課長(交際費、報償費)、同課人事係長(特別旅費)、及び経理課長(委託料)であることが認められるから、資金前渡のときに支出負担行為があつたものとするならば、議長が支出負担行為を行う余地はないし、これらの費目の支出になんらかの契約締結を要するとしても、東京都契約事務の委任等に関する規則第一条、第三条、東京都議会局の所掌に係る事項に関する契約の委任等に関する規則第一条によれば、支出負担行為となる契約の締結に関しては、議会局長が知事の委任をうけてその権限を有しており、議長自ら契約締結をする定めではない。又、東京都議会議会局処務規程には、議長が決定すべき事案が掲記されているが、これによれば本件諸費目の公金支出は議長決定事案ではないようである。以上の点からみると、本件の公金支出については議長が行政上の責任を問われることがないように思われないでもない。
しかしながら、地方自治法第一〇四条、第一三八条第七項、前記処務規程第五条によれば、東京都議会議長は都議会事務を統理し、議会局長は議長の命をうけて局の事務を掌理し、部長、課長は順次上命をうけて事務をつかさどるのであるから、議長は議会局の事務の最高の統理者であることが明らかである。前記のように被控訴人は、控訴人ら主張の交際費、報償費及び特別旅費の支出に関し、各支出伺と支出原議に決裁印を押捺しているが、これらの決裁は東京都議会の議員としての行為ではなくて、議会局の事務の統理者としての行為であり、かつ、東京都の会計事務手続に従つたものであること上記のとおりであるから、被控訴人の決裁(事前事後を問わず)によつて議会局の支出の意思が形成されたことになる。従つて、被控訴人の決裁を経た支出が違法とされる場合に、被控訴人が職務上の責任を負わないということは、行政組織の独任性の特質からいつて、極めて不自然といわなければならない。又、控訴人ら主張の委託料の支出については、被控訴人が支出を決裁した事実は顕われていない(証人三木定の証言によれば、委託料の支出には議長の決裁印を要しない扱いのようである。)けれども、上記のように被控訴人自らこれを受領しているのであるから、被控訴人は東京都議会局の職員として公金を保管し、これを債権者に支払つたものと認めるほかなく、しかも被控訴人は最高の地位にある職員であつて、他から指揮、命令をうける立場になかつたことはいうまでもない。従つて右委託料の支出の適否に関し、被控訴人がなんらの職務上の責任を負わないということは、前同様容易に賛成しがたいところである。
右のように考えるならば、本件交際費等の支出に違法の疑いがあるとして地方自治法第二四二条の二の規定に基づく提訴が行なわれる場合に、支出当時の都議会議長が同法第二四二条にいう「普通地方公共団体の職員」に該当すると解することにはなんらの妨げもないといわなければならない。付言すれば、違法な公金の支出について住民による監査請求及び訴訟の制度を設けている地方自治法の立法趣旨に照らすならば、請求及び訴訟の相手方となるべき者は、その支出事務を担当した職員のうちの最高責任者であるべきであり、本件では最高位の職員として決裁又は現実の支出をした被控訴人がこれに該当するのである。
叙上の説示により明らかなように、控訴人らが被控訴人を被告として提起した本件訴は被告を誤るものではないから、これを法定の被告適格を有しない者に対する不適法な訴として却下した原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。よつて、民事訴訟法第三八六条、第三八八条に従い、原判決を取消して本件を原審に差戻すこととし、主文のように判決する。
(裁判官 吉岡進 吉江清景 手代木進)